インド映画夜話

ダーティー・ピクチャー (The Dirty Picture) 2011年 144分
主演 ヴィディヤー・バーラン
監督 ミラン・ルトリヤー
"売れる映画に必須の3要素、それは…エンターテイメント、エンターテイメント、そしてエンターテイメントよ"




 華やかな都会に憧れる少女レーシュマーは、彼女の夢を否定する親の決めた結婚前夜に家出。映画女優を目指してマドラス(現チェンナイ)へと単身旅立っていく。

 オーディション会場でことごとく門前払いされたレーシュマーだったが、男たちが望むセクシーダンサーとして無理矢理に自分を売り込む事で、念願の映画デビューを飾るように。最初こそ出演シーン全カットの憂き目に遭いながらも、彼女に目をつけたプロデューサーがそのシーンを復活させたことをきっかけに、次第に彼女はそのダンスだけで客が呼べるセクシーさを売りにするスター女優へとのし上がる。
 スーパースター スーリヤの新しい恋人として映画界での地位を確保したレーシュマーは”シルク”の芸名で大活躍するが、男たちの理想的女優を演じる自分に、徐々にその居場所を見失っていく…。


挿入歌 Ooh La La (ウ・ラ・ラ)


 南インド映画界で活躍したセクシー系女優シルク・スミター(本名ヴィジャラクシュミー・ヴァドラパティ 1960生〜1996年没)のセンセーショナルな生涯を(*1)映画化した舞台裏ものヒンディー語(*2)映画。

 ボリウッドでは史上初(?)の、本格的にタミル地方を舞台にした映画でもあるそうだけど、シルク・スミターの親族から公開反対の声が上がったと言う。
 シルク・スミターを題材にした映画は、本作の他では13年公開のカンナダ語(*3)映画「Dirty Picture: Silk Sakkath Hot」、同年のマラヤーラム語(*4)映画「Climax(クライマックス)」もある。

 日本では、2015年のインド映画同好会 大映画祭にて「ザ・ダーティー・ピクチャー」のタイトルで上映。Netflixでも「ダーティー・ピクチャー」のタイトルで日本語字幕付きで配信されていました。

 なにはなくとも、とにかく圧巻なのは主演ヴィディヤー・バーランの美貌であり演技であり、その変幻自在のスタイルの変化具合。
 冒頭の田舎出の少女時代、セクシーさを売りにする煽情的な女優として成功を手にする上昇志向の前半、人気のピークが過ぎ去り周囲から見放されていく後半の失墜する姿と、その時その時の顔色・スタイル・身のこなしがそれぞれに完璧に表現され、痩せていたり太ったりと「よくそんなに体型変えられるなあ」とその役者魂に敬礼。その全てが魅力的にフィルムに刻まれて行くんだから、ホントとんでもね。早速ネタ元のシルク・スミター出演作もチェックしたいでありまする。
 まあ、その煽情性・俗悪性を認めようとしない映画界を糾弾する内容をふくむ本作を見て「この女優は魅力的ですね〜」なんて言ってていいのか、って話でもあるわけだけど。うむ。

 10年代に急増する、ボリウッドにおける女性映画の先駆けともなった一本…と断言していいかはわかんないけど(*5)、男権社会の映画界において自身の女性性を武器に成り上がって行く主人公の栄枯盛衰は、王道中の王道ストーリーながら予想してたよりドロドロ感がないせいか、エピソード消化がサクサク進むせいか、いわゆる女優舞台裏もの的な冗長さや映画人たちの内輪ネタ臭とかは感じない。
 どちらかと言うと、世間というものに抗い・利用しつつ・自身の居場所を模索していく1人の女性の奮闘劇で、主人公の成り上がっていく様、世間を糾弾する様、落ちぶれていく様、ふと郷愁に駆られる一瞬なんかを見ていきながら、その翻弄具合を応援して行きたくなる映画でもある。
 主人公に言い寄る恋人役の3人の男たちは、この手の映画の定番ではあるけれど、最後の野心的な映画監督エイブラハムとの交流は、初めて映画という共通の関心ごとで親友を得た喜びと、それまでに失ったものの大きさが効果的に表現されて、本当に切ないと言うか儚いシークエンスですわ。映画というものも、人生というものも。

 監督を務めたミラン・ルトリヤーは、1962年マハラーシュトラ州ムンバイ生まれ。
 叔父に男優スディールが、母方の親戚に映画監督兼プロデューサーのマヘーシュ・バット、プロデューサー兼男優のムケーシュ・バットがいる映画一族出身(*6)。
 助監督として映画界入りし、99年の「Kachche Dhaage(儚き束縛)」で監督デビューする。7本目の監督作となる本作で、スクリーン・アワード監督賞、ライオンゴールド・アワード人気監督賞を獲得している。

 主人公の最初の恋人となるスーパースター スーリヤ(*7)が、「タミル語映画界のスーパースター」としてあの有名人を想起させる立ち位置にいながら、相当な俗物として描かれたことに対してタミル側から強烈な批判があったと言うけれど、まあ、その辺わりとあからさまだからそりゃ怒られるわな…と納得。
 ただ、映画そのものはマドラスを舞台にしてると言いつつ、挿入歌、衣装風俗、ヒンディー語の台詞遊びなどなどからはあんまりタミルらしさを感じない映画ではある。それは「北インド人の考える、南インドイメージ」がそうさせるのか、「タミルが舞台ということにしつつ、北インド映画界への糾弾の暗喩」の意味なのか…どうなんだろうねえと変に深読みしてしまう部分もある。まあ、南らしさを強調したい部分としないで北っぽくして身近さを出したい部分とがあるってことなんでしょか。「パッドマン(Padman)」が、タミルの出来事を元にしつつ北インドに舞台を移して描かれた映画になっていたのとは、その意味合いが色々違う映画ではあるよなあ…とかとか。

 とにもかくにも、ヴィディヤーの妖艶さ・八面六臂さ・そのスターオーラの半端なさを堪能しようゼ!!!

挿入歌 Ishq Sufiana ([君へ] 愛の全てを捧げよう)


受賞歴
2011 National Film Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)・メイクアップ・アーティスト賞(ヴィクラム・ガイクワド)・衣裳デザイン賞(ニハーリカー・カーン)
2011 Bollywood Hungama Surfers Choice Music Awards 驚異的ニューミュージック賞(Ishq Sufiana)
2011 Bollywood Hungama Surfers Choice Movie Awards 主演女優賞

2012 Filmfare Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)・衣裳デザイン賞(ニハーリカー・カーン)・シーン・オブ・ジ・イヤー賞
2012 Screen Awards 作品賞(Zindagi Na Milegi Dobaraと共に)・監督賞・主演女優賞(ヴィディヤー)・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル/Ohh Laa La)・台詞賞(ラジャット・アローラ)・衣裳賞(ニハーリカー・カーン & モイズ・カパディア)
2012 National Media Network Film And TV Awards 娯楽作品賞・主演女優賞(ヴィディヤー)
2012 Zee Cine Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)・批評家選出主演女優賞(ヴィディヤー)・批評家選出作品賞・振付賞(ポニー・プラカーシュ・ラージ/Ohh Laa La)
*ヴィディヤーは、2011年の「Ishqiya(色欲)」に続き2年連続の主演女優賞受賞。さらに2013年には「カハーニー/物語(Kahaani)」で2年連続批評家選出主演女優賞をも獲得した。
2012 Apsara Awards 主演女優賞・台詞賞(ラジャット・アローラ)
2012 Star Guild Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)・台詞賞(ラジャット・アローラ)
2012 Stardust Awards フィルム・オブ・ジ・イヤー賞・スター・オブ・ジ・イヤー女優賞(ヴィディヤー)・最優秀ドラマ女優賞(ヴィディヤー)・新楽曲センセーション賞(カマル・カーン/Ishq Sufiana)
2012 The Global Indian Film and TV Honours 人気主演女優賞(ヴィディヤー)・批評家選出作品賞・批評家選出監督賞・ボックスオフィス・アイコン・オブ・ジ・イヤー賞(ヴィディヤー)・レディオ・シティ・トラック・オブ・ジ・イヤー賞(バッピー・ラヒリ/Ohh Laa La)・男性プレイバックシンガー賞(バッピー・ラヒリ/Ohh Laa La)・台詞賞(ラジャット・アローラ)・振付賞(ポニー・プラカーシュ・ラージ/Ohh Laa La)・衣裳デザイン賞(ニハーリカー・カーン)・編集賞(アキヴ・アリ)
2012 FICCI Frames Excellence Honours Awards 主演女優賞
2012 Dadasaheb Phalke Academy Awards パルケー印象的パフォーマンス賞(ヴィディヤー)
2012 Mirchi Music Awards 男性歌手賞(カマル・カーン/Ishq Sufiana)・女性歌手賞(スニッディー・チャウハン/Ishq Sufiana)・新人歌手・オブ・ジ・イヤー賞(カマル・カーン/Ishq Sufiana)・最高アイテムソング・オブ・ジ・イヤー賞(バッピー・ラヒリ&シュレーヤー・ゴーシャル&ラジャット・アローラ&ヴィシャール=シェカール/Ishq Sufiana)
2012 IFAインド国際映画批評家協会賞 主演女優賞・女性プレイバックシンガー賞(シュレーヤー・ゴーシャル/Ooh La La)・メイクアップ賞(ヴィクラム・ガイクワド)・台詞賞(ラジャット・アローラ)・衣裳デザイン賞(ニハーリカ・カーン)
2012 Global Indian Music Awards 音楽デビュー賞(カマル・カーン/Ishq Sufiana)・FMラジオ93.5人気歌曲賞(バッピー・ラヒリ/Ooh La La)
2012 People's Choice Awards India 人気作詞賞(ラジャット・アローラ/Ishq Sufiana)・人気男性歌手賞(カマル・カーン/Ishq Sufiana)
2012 Bhaskar Bollywood Awards 女性スーパースター・オブ・ジ・イヤー(ヴィディヤー)・フィルム・オブ・ジ・イヤー賞(エクター・カプール)
BIG Star Entertainment Awards 娯楽映画女優賞(ヴィディヤー)・娯楽映画作品賞
Lion Gold Awards 人気監督賞・人気振付賞(ポニー・プラカーシュ・ラージ/Ohh Laa La)・人気男性プレイバックシンガー賞(バッピー・ラヒリ/Ohh Laa La)
IRDS Hindi Film Awards 主演女優賞
Gr8! Women Achiever Awards Gr8!映画最高演技賞(ヴィディヤー)
ETC Bollywood Business Awards ボックスオフィス・サプライズ・オブ・ジ・イヤー賞(エクター・カプール)


「ダーティー・ピクチャー」を一言で斬る!
・マサラドーサ1つの代金で映画1本見れると言う環境、その値段で人生の楽しさを得られる状況が羨ましい…(と思っていると、その映画館の中で隣の男性客から売春を持ちかけられると言う絶望感の落差の凄まじいことよ…)。

2021.4.16.

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*1 +その周辺で活躍した女優たちを複合的なモデルにして。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。その娯楽映画界を、俗にボリウッドと呼ぶ。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 南インド ケーララ州の公用語。
*5 もちろん、これ以前からも女性主人公映画をしっかり作ってるインド映画界ですけども。
*6 本作でエイブラハム役で出演しているイムラーン・ハーシュミーも親戚。
*7 演じるのは、演技派としてその名を轟かす名優ナセールッディン・シャー!