インド映画夜話

グレート・インディアン・キッチン (The Great Indian Kitchen) 2021年 100分
主演 ニミシャ・サジャヤン & スラージ・ヴェニャーラムード
監督/脚本/出演 ジヨー・ベービ
"キッチンという名の牢獄"
"ー名前を持たない「妻」と「夫」の物語"




 その日、伝統的なしきたりに則って結婚した新婦は、婚家の人々に喜んで迎えられ、翌日からキッチンにて慣れない主婦業に勤しんでいた。

 伝統を重んじる婚家では、特に炊事洗濯・掃除に関しては現代機器を使用せずに主婦の手で行う作業が多い。1日中家事に明け暮れる義母と妻は夜には疲労困憊。さらに、妻には夫との一方的な夜の営みもあって気は抜けない…。
 そんな中、義母は嫁いで行った娘の出産準備を頼まれて遠い街へと行ってしまい、妻はただ1人で夫と義父を満足させるための家事に奔走しなければならなくなる。彼女が休めるときは、『穢れ』とされ隔離される生理期間中のみ…。
「飯は釜で炊いたか? 今度からは炊飯器ではなく釜で炊きなさい」
「外食は嫌なんだ。明日から手作りの弁当を作ってくれ」
「夜はチャパティと決まっている。体に良いからな」
「洗濯機を使うと服が痛みやすい。これからは手で洗いなさい」
「あなたは残り物で我慢しないと。嫁入りしたんだから」
「主婦の仕事は官僚たちより尊い。大卒の妻は働きたがったが、私の父親はそれを許さなかった。おかげで子供たちはいい職につけたんだ…」


挿入歌 Oru Kudam (ひと掴みの秘密)


 現代の女性の人生が、如何に家事・家族に縛られたままであるか、如何に家族がそれに無頓着で自分勝手かを暴露させるマラヤーラム語(*1)映画。
 コロナ禍で映画館営業が縮小される2021年に、新興配信サイトNeestreamで配信されて大絶賛された人気作であり傑作。

 インド国内外でネット配信で人気が高まる中、日本では2021年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)にて上映され、その翌年に一般公開。DVD発売もされている。

 ケーララの保守的な家を舞台に、特定の名前を持たない登場人物たちが織りなす日常劇で繰り返されるキッチン作業が大半を占める本作。
 映画前半は、家族たちがやって来た新婦を歓迎するためにその様子を見守り、主婦業を義母が率先して行い、夫も義父も新婦をいたわってるかのように見える暖かさ、様々な作業工程を経て手間暇尽くして提供される料理の数々の多彩さが美しく描かれる映画ながら、話はすぐに、延々と繰り返される毎日の作業、家族たちの「優しさ」から来る「無理解さ」「傲慢さ」「偏狭さ」が同じ日常描写の中での意味付けの変化によって露わになって行く凄まじさがもう…、言葉に尽くせない恐ろしさを表現して来る。
 その、一見家族が相互に労わりあってるようで、結局はよそ者である新婦を労働力としてしか見ておらず、女性を意思ある存在と露ほども考えていないで自分たちの都合のいいように働かせるばかりの「家族愛」なるものの実情の凄まじさが、衝撃的であるとともに、遠い外国の話とは思えない自分たち身近な現実そのものを静かに叩きつけて来るインパクト。暖色系を中心に色彩豊かに描かれる冒頭の主人公の結婚前〜結婚式〜新婚生活が、どんどん彩度を失って白黒灰色の色味が強くなって行く光・色彩配置も見事(*2)。

 監督を務めるジヨー・ベービの実体験(*3)から、妻を含む周囲の女性たちへの取材を通して出来上がって行ったという脚本構成も凄いし、とある静かな家庭の日常を切り取りながら徐々にその裏に隠された別の意味を浮かび上がらせて行く撮影技術もトンでもね。
 主人公の新婦をいたわってるような言動を見せながらも、その苦労を一切理解しようとせずただ奴隷として使い回す「家族の日常」のなんと残酷なことか。その残酷さが、その家族やインド特有のそれと言えず、世界中の家庭・自分自身の周りでも行われてるかもしれないという事実が、余計に映画の怖さを跳ね上げる。

 「不浄」の感覚からなのかなんなのか、食材加工の現場となるキッチンの使いにくそうな簡素なレイアウトも気になるところ(*4)。
 入り口が狭く食堂に次々料理を運ぶのにも微妙に距離があって複数人の出入りが考えられてない。ガスコンロと冷蔵庫があると言ってもわりと小さいし、調理台やシンクも調理器具の多さに比して狭いよう。そこから、サーブされることを前提としたインド式の料理を次々持って来るのも大変そうだし、食器類の多さもあって清潔を保つだけでも相当な苦労に見えて来るのがもう…。その上で、排水管の修理をお願いしてもやってくれない、他人がキッチンを荒らし回った後始末までしないといけないじゃ、その時点でぶっ飛ばしていいと思ってしまいますわ…。
 さらに、生理期間中に隔離される部屋がキッチン裏にあるようで(*5)、義母がいないうちはまだ隔離期間の生活を知らない男たちから特に干渉されることがなかった妻が、その実情を知っている義母が帰って来てからはより過酷な隔離生活を専用の狭い部屋で強いられるようになるのがなんとも…。当初、同情的だと思えた義母の仕打ちも、実は同情的だったのではなく修行期間と見ていただけらしいという悲しさが余計追い討ちをかけて来ますわ。義母も元は高学歴なキャリアウーマンを目指していたらしいという事実、義姉(義妹?)の嫁ぎ先の家がだいぶモダンな配色による現代的で余裕のある家っぽく見えるのが、余計にね…(*6)

 他のインド映画でも、家事に1日中走り回る女性たちに対して、男性家族がのんびり散歩しながらご近所さんと延々だべってるシーンとか出て来ると「大丈夫かいな」と思わんでもない自分はいたけれど、これからはインドに限らず他の映画でも気になってしまいかねないインパクト。ハイ、映画の中だけの話じゃないですよね…。家族を都合よく利用して平気な顔するなんて事にならないよう、生活というものを見つめ直さないとなとは思うけど、まず会話がすれ違っていないかから思いを正さないと…。

挿入歌 Neeye Bhoovin (大地の歌が形となったお前)


受賞歴
2020 Kerala State Film Awards 作品賞・脚本賞(ジヨー・ベービ)・音響デザイン賞(トニー・バーブ)
2021 豪 Indian Film Festival Of Melbourne 主演女優賞(ニミシャ・サジャヤン)
2021 独 シュトゥットガルド Indian Film Festival 注目作品賞
2022 Critics’ Choice Film Awards 主演女優賞(ニミシャ・サジャヤン / 【Ajeeb Daastaans】のコーンコナー・セーン・シャルマーとともに)
2022 Indian Film Institute 主演女優賞(ニミシャ・サジャヤン)


「グレート・インディアン・キッチン」を一言で斬る!
・前から思ってたけど、インドで使う箒はなんであんなに柄が短いの?(素材にしてる植物の丈の問題? 科学の進歩でなんとでもなりましょうに!!)

2022.9.10.

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*1 南インド ケーララ州の公用語。
*2 ラストのグジャラーティーダンスの衣裳が、白黒を基調としてるものを採用しているのも意図的?
*3 特に、妻の妊娠中に家事全般を担当した時の思い出。
*4 かまどの煙を屋外に逃す用の部屋に、無理やり台所を構えたから?
*5 物置小屋だったスペース?
*6 その様子を、義母はしっかり見てるだろうに!