国際公開版では、通常版と別に、2つ目のエピソードをカットした短縮版「Two Daughters(二人の娘)」も公開。
1998年、米国のアカデミー・フィルム・アーカイブは、短縮版ではカットされた「Monihara (The Lost Jewel / 失われた宝石)」を保管作品としたことを発表している。
人によっては「サタジット・レイの最高傑作」と評される場合もあるとか。
2つ目の「Monihara (The Lost Jewel / 宝石を失った男)」は一転して、倦怠期の夫婦の、お互いの思いを図るような不器用な愛情関係を描く不条理話。
物好きな教師が廃墟にまつわる幽霊譚を語って聞かせる態で描かれる不条理劇は、途中までは夫婦のディスコミュニケーションを描くサイコサスペンス的な様子を見せ、ラストのその相互不信が生んだ不条理展開は、エドガー・アラン・ポーを彷彿とさせるゴシックホラー的な雰囲気に転調し、最後に語り手の教師の眼の前で起こった不条理の生々しい残影を見せて終幕となる。
必要なものはなんでも揃えられる富裕層の夫婦が唯一手に入れられないもの…夫は妻への愛、妻は子供という夫への愛の形…その不在を隠すように・あるいは代理品とするように、妻に与える宝石の量が夫婦の存在意義になっていってしまうのを止められない2人の哀しさが、より廃墟となった屋敷の持つ寂漠感を強調する。
幽霊譚と言っても、最後の最後にしか幽霊は登場しないし、登場しても大して怖くはないものでしかないけれど、ゴシックホラー特有のはっきりした形にならない悲哀や鬱憤と言った奥底に抱える正体不明の思いに悩まされる人の儚さが、富裕層の夫婦が暮らす屋敷の壮麗さ・豪華さとのギャップになっていく絵面も効果的。その空間の大きさと装飾品の多さが、夫婦の生活の豊かさを見せつけるとともに心のありようそのものになっていく空虚さを伝えるカメラワークの秀逸なこと!
妻モニマルカを演じるコニカー・モジュムダールは、本作および同年公開作「Punasha」で映画&主演デビューした女優。以降、80年代初頭までベンガル語映画界で活躍(*2)。2019年に西ベンガル州都コルカタで物故されている。
3つ目の「Sampti (The Conclusion / 結論)」は、再び貧しいベンガル農村を舞台にした初々しい結婚物語。
都会帰りのインテリ青年のお見合いを主軸に、洪水で親を失いながらもジャングルに囲まれた村で元気に暮らす悪戯娘が、いざ結婚となった時に「妻」であり「大人」になることを拒否し、森の木々に隠しているペットのリスと遊びまわる「子供」でいたいと欲し続ける、その生命力の麗しさ、大人になりたくないと主張する幼稚さ(*3)と自由奔放な明るさ、自由を欲するその生命力の強さを見せていく。
男性の成人が結婚とは別に「大学の卒業」とか「仕事で生計を立てる」「村の大人社会に入っていく」事でも現されていくの対して、女性のそれが明確に「妻になる」「母になる」ことを第1に求められていく姿を、主役の悪戯娘ミヌーと最初の古風なお見合い相手との姿とで対比させるのも象徴的ながら、大人になることを拒否するミヌーを選ぶ主人公と、結婚儀礼を恥ずかしがりながらも受け入れるミヌーがいざ初夜となった時に逃げ出して夜中ずっと森でペットと遊びまわる姿の多重性も美しい。これ見ると、初夜というのも結婚儀礼の要素の1つに組み込まれてるもんなんだね…とも思えてくるのもなんとも(*4)。初夜を通常通りに終わらせなかったというその1点で、村人全員の怒りを買うミヌーの悲惨さもとんでもないし、そこを受け入れ「妻」や「母」になる覚悟を一晩に満たない時間で決めなければならないミヌーの悲壮感漂う姿は、それ以上に強烈で強い(*5)。
なんと言っても、このエピソードの魅力の全てを構成してるのが、悪戯娘ミヌーの魅力を200%アピールしているオポルナ・ダース・グプタ(*6)でありましょうか。55年の「Mejo Bou」に子役出演してからの本格的映画デビューとなった本作が縁で、その後もサタジット・レイ監督作に呼ばれ続ける名女優となる人だけど、もう本作の時点で大物オーラ全開の素晴らしい演技を見せつけ、多種多様な魅力ある表情を見せつけてきまする。これ見ると、娘のコーンコナー・セーン・シャルマーをも遥かに凌駕するとんでもない演技力と美貌の持ち主だったんだなあと感心してしまいますわ。
受賞歴
1961 National Film Awards ベンガル語映画最注目作品賞(第3篇Samptiに対して)
1961 Annual BFJA(Bengal Film Journalists’ Association) Awards 監督賞・インド映画・オブ・ジ・イヤー賞
1963 Berlin International Film Festival セルズニック金月桂樹作品賞
2019 Cult Critic Movie Awards 作品賞