The Road 2023年 137分(142分、143分とも)
主演 トリシャー & シャベール・カララッカル
監督/脚本 アルン・ヴァセーガラン
"462kmの道は、復讐の果てに"
雷雨迫る夜の国道44号線にて、ある夫婦を乗せた自動車がエンストで停止してしまった。夫ヴィジャイは、そこに通りかかった夫婦の助けを借りて、妻ニーシャと相手の奥さん2人を残して修理屋を呼びに行こうとするが……!!
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ライターのミーラは妊娠8週目。
そのため、小学生の息子カヴィンの誕生日祝いとして約束していたカンニャークマリへの長距離自動車旅行をキャンセルすることになり、2日間だけとは言え、家族からただ1人離れて家に残る事に孤独感を感じていた。
涙ながらに夫アーナンドと息子を送り出したミーラだったが、その夜、マドゥライに居る親友ウマから「アーナンドとカヴィンが交通事故死した」と言う信じられない電話連絡を受け取る事に…。
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ニーサナディ(=愛の川の意)村出身の大学教授マヤ(本名マーヤザガン)の家は、いつも父親と兄弟たちによる屋敷相続権の争いばかり。
家の争いを避けて通う職場の大学でも、彼を自分のものにしようと迫る生徒プリヤから無理矢理言い寄られて困っていた所、思い通りにならないマヤに激昂したプリヤはついに、彼からセクハラ被害を受けたと虚言で訴えてきて、マヤは大学から追放される。実家に戻ってからも、近所の人々に大学の悪評を責められるわ、父の作った借金から村人たちに責められるわで、徐々に居場所をなくしていき…。
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数日後、事件から立ち直れないミーラは、ウマの助けを借りて交通事故現場を訪れていた。カヴィンの遺品がまだ転がっている現場で悲しみに暮れる彼女は、突然の雷雨に近所の農家一家に招かれ、家族の好意でその家に一泊する事になる。
家族はミーラの事情を知って語る…「この前の事件は、思い出しただけで身震いがしますよ。目の前であなたのお子様がみるみる弱っていく姿を見ましたからね。なんて残酷な事か…。でも、あなたの家族だけじゃないんです。この道は、他にもたくさんの死者や孤児を出してきたんです。私らは、それを見続けてきましたから、もう神も仏もこの世にないものだと思えてしまうんですよ…」
その真夜中。悪夢から目覚めたミーラは、事件現場の周囲を再び歩き回っていた所、突如起こった自動車衝突事故に驚き、運転手を助けるため人を呼ぼうと走り回っていたが、いつの間にか運転手ごとその事故車両が消え失せてしまって……!!
プロモ映像 Oh Vidhi (ああ、運命とは [誰が仕組んだ陰謀なのか])
アルン・ヴァセーガランの初監督作となる、タミル語(*1)クライム・スリラー映画。
タイトルは、当然ながら劇中における「次々と交通事故が起こる、事件現場となる国道」の事であろうけど、その真相に辿り着く「道のり」、各登場人物たちがそこに関わっていく「人生の道行き」のことでも…ある?(せんでもいい深読み)
主な舞台となる国道44号線とは、インド最北ジャンムー・カシミール州シュリーナガル(*2)からインド最南端タミル・ナードゥ州カンニャークマリ(*3)までインドの南北を貫く国内最長の国道(*4)。そのうち、事件現場となるのはマドゥライ郊外もしくはマドゥライ〜カンニャークマリまでのどこかと言う事になるんだろうけど、実際にこの国道は、タミル・ナードゥ州内のセーラム〜トプール間の丘陵地帯にて死者の出る交通事故が頻発する事でも有名なんだとか。本作の予告編に「実話から着想された物語」と出てくるのは、そう言う事?
不可解な交通事故に巻き込まれて家族を失った主人公ミーラの活躍を中心に、交通事故頻発地域にうごめくなんらかの陰謀が徐々に露わになっていくサスペンス映画な1本。
妊婦の主人公が家族のために単独捜査を始めると言う点(*5)では「女神は二度微笑む(Kahaani)」と、インドの辺境地域にうごめく闇を暴き出そうとするところは、国道が舞台という共通項もあって「国道10号線(NH10)」を想起させる物語ながら、ミーラの状況を描き出す前半ではほとんどミーラ周辺となんら関係を持たない裏主人公マヤのエピソードが意味を持ってくる映画後半への仕掛け、個人と社会の結びつきやその悲壮的な関係性を重要視するタミル語映画的構造も効果的に映画を盛り上げる、また違うサスペンス劇を作り上げてくる。
OPにて"サウス・クイーン"の称号付きでクレジットされる名優トリシャーが、不可解な事件の真相を単身探る「復讐を遂げんとする強き母親」を好演(*6)。犯人を導く手がかりのため、または事件の真相に到達して犯人を前にして、殺意全開で目の前の相手を追い詰める姿の迫力よ。家族の死後には喪服的な暗青色系の衣裳、捜査開始頃には赤系の衣裳を着ていたミーラが、終わり頃には再び青系衣裳で敵を追い詰め、照明具合で黒一色の衣裳に見えてくる所なんかは、怒れる女神カーリーを意識した画作りでしょか。
そのトリシャー演じるミーラに対抗する裏主人公マヤを演じているのは、1986年ケーララ州コーリコード県バタカラ生まれの舞台&映画俳優シャベール・カララッカル。
2004年のタミル語映画「Aayutha Ezhuthu」にノンクレジット出演した後、舞台演劇で活躍。そこから、2014年の「Nerungi Vaa Muthamidathe(近くに来て、キスはしないで)」にて主役デビューし、舞台俳優と共に本格的に映画男優として活躍。本作と同じ2023年には「King of Kotha」でマラヤーラム語(*7)映画にもデビューしている。
当初、共に生きる希望を失って情緒不安定になっていくミーラとマヤの行動・感情的起伏が、2人の接触なしにシンクロして描かれているのも効果的ながら、夫と息子の無念の声を聞いて行動を起こし、不可解な事件への疑問から真相へと近づいていくミーラの姿に対し、仕事も未来も潰えて父親だけが心の支えとなりながらそれさえ砕けていくマヤの絶望という、いつの間にか対極の相反する運命に分かれていく所も見事。その2人が、ある点を越えるところでその運命が接続されていくシークエンスの衝撃も美しい。その衝撃を演出するマヤの親友チェッラの存在感、その計算された出演配分が、真相がわかってくると「なるほど!!」と手を打ってしまいたくなる爽快さですわ。
国道を走る自動車と言う富の象徴。その車を支えるガソリンスタンドやその他修理工を成り立たせる経済のあり方、国道のそばで暮らす車も持たず原始的な衣食住の中にある人々の視線、マヤを陥れた女子学生の暴走する恋、教育ですら乗り越えられない貧富の差や地域を支配する社会構造の闇。その全てを飲み込む「交通事故に見せかけた陰謀」と言う事象1つから、ここまでのものが現れていくインドの映画構造の濃厚さが、凄まじい1本ですわ。
それにつけても、インドの田舎は怖か所。車の停車中に続々と近づいてくる人の絵面の怖さたるや、トンデモね!
挿入歌 Dummalangi
「TR」を一言で斬る!
・夜中に起きた事件を通報しただけで、「何時だと思ってるんだ」と怒りだすインド警察。ホンマ憎まれ役よ(主人公の単独捜査を促す処置&それに協力的な警察も出てくるんだけども)。
2024.3.16.
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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 日本語表記では、スリナガル、スリーナガルとも。
*3 カンニヤークマリ、カンニヤークマーリーとも。
*4 公式発表によれば、全長4112km。
*5 本作では、事件後言及されることから、流産してしまったらしき描写があるけれど…。
*6 ネット情報だと、声は女優クリティカー・ネルソンの吹替だとか。
*7 南インド ケーララ州とラクシャディープ連邦直轄領の公用語。
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