インド映画夜話

あなたのスールー (Tumhari Sulu) 2017年 140分
主演 ヴィディヤー・バーラン & マーナヴ・カウル
監督/脚本 スレーシュ・トリヴェニ
"時には、空飛ぶ翼がなくたって"




 マハラーシュトラ州ヴィラールに住む専業主婦のスールー(本名スローチャナー・ドゥベイ)は、その日息子プラナーヴの運動会で大活躍。
 なんにでも勝気で好奇心旺盛な彼女は、仲良しな家族に囲まれ、色々な人生目標を発見し、運動会の話題で親戚を湧かせつつも、低学歴のためにその親戚から軽くは見られ、いつか外に働きに出たいと願う彼女の声を聞くものは誰もいなかった…。

 ある日、お気に入りのラジオ番組の料理コンテストに優勝したという知らせを受けたスールーは、その賞品を受け取るために翌日ラジオ局"ラジオWow"にやって来ると、壁にかかっている「RJ(ラジオジョッキー)募集」の文字に反応する。「是非、あのRJ募集に参加してみたいんですけど」と押しまくるスールーは、その姿勢と彼女の話術を見たラジオ局長マリア(本名マルヤム・スード)に気に入られ「あなたの声は素晴らしいから、もっとセクシーな声で話してくれるなら連絡して。深夜番組のRJにいいと思うの」と名刺を渡されることに。
 しかし同じ頃、夫アショクが会社の新社長による配置換えで苦しんでいて…。


挿入歌 Manva Likes To Fly (心が、翔ぶように羽根を広げたがっている)


 「女神は二度微笑む(Kahaani)」のヴィディヤー・バーランが、平凡な主婦から深夜ラジオの人気パーソナリティに変わる主人公を演じるドタバタ・ファミリー系ヒンディー語(*1)映画。
 インド本国と同日公開で、米国、インドネシアでも公開された。本作のタミル語(*2)リメイク作「Kaatrin Mozhi」も2018年に公開。
 日本では、2018年のIFFJ(インディアン・フィルム・フェスティバル・ジャパン)にて上映。

 サタジット・レイの「ビッグシティ(Mahanagar / *3)」よろしく、女性の社会進出とそれを受け入れる社会との齟齬を描く古典的なお話ながら、主役スールー演じるヴィディヤー・バーランの魅力大爆発な映画で、見ていてとても心地いい感じ。家族ものヒューマンドラマであり、夫婦もの映画でもあり、働く女性賛歌であり、"意識高い"ほど格式張らないまったりのんびりな"生き方讃歌"な一本。

 ラジオジョッキーを演じるヴィディヤーと言えば、デビュー間もない頃の「Lage Raho Munna Bhai(そのまま続けて、ムンナー兄貴)」のヒロイン ジャンヴィ役を思い出すけども、制作側もそれを意識していたようで、この時ヴィディヤーにRJ演技を指導した実際のラジオジョッキー RJ・マリシュカーを、本作劇中でヴィディヤー演じるスルのラジオジョッキー指導役で映画デビューさせていたりする。
 「Lage Raho Munna Bhai」のヒロインを演じてた頃より太ましい主婦としての貫禄が見えるヴィディヤーも、そのキャリアの厚みを見せつけるような魅力と演技力を発揮し、日常ドラマ内の平凡人が夢を掴むために奔走し苦悩する様を、ユーモアたっぷりに小気味好く見せてくれるところが、この映画の最大の魅力…でしょか。夫婦で映画・音楽ネタのモノマネで盛り上がる主役夫婦のなんと愛らしいことか。どこかの映画で「もっと痩せたヴィディヤー・バーランがいい」みたいなネタがあったけど、ワカッテネーナー、あの幸せそうなヴィディヤー姐さんがいいのですよ。うん。私生活だとファッションがアレだという噂をどっかで読んだけど、本作のスールーのサリー姿はどれも美しかー。

 本作が長編映画監督デビューとなるスレーシュ・トリヴェニは、短編映画出身の人のようで、09年に短編「My Daddy Strongest」で監督デビュー。数作の短編映画の監督・脚本を担当した後、本作で長編映画デビューとなったよう。

 スールーが働くことになるラジオ局で活躍する女性たちの姿も、見どころ。
 というか、こういう映画のパターンよろしく、男性スタッフの役立たずっぷりが清々しいほどだけども、それがヒントとなってまたスールーの人生を新たな方向へと押し上げていく展開はサスガ。うまく考えたなコノヤロー。
 にしても、聞いた話ではインドでは夫婦は夜はともに食事しともに寝室で寝ることが基本で、都会のキャリア組でもない限り寝食が別々になると親戚一同が飛んできて一族会議になるから、既婚者は基本残業させないでさっさと返すことが多いとか言うんだけど、本作の舞台となってる街もそんな価値観が生きてるほどには地方なんかしらん?(*4)
 どこまで本当なのか知らないけど、「家族一緒が一番」という価値観が女性を家に縛り付ける原因になっているとともに、家族尊重のための職場づくりが大事されるって価値観は、「働くとは」を考える上でも重要なことだよなあ…とも思えてくる。ムツカシイ。本作のように、家族の問題で「仕事やめます」というと、色々準備の末に用意された仕事にも関わらずわりと簡単に「わかった」っていう会社もあるのかなあ…。

 夫婦や家族のすれ違いや職場でのすれ違いが、徐々に主人公たちの悩みを増やしていく展開は王道中の王道で、悪役が(そんなに)登場しない良い人たちで構成された物語は新規性を持たないものなんだけども、だからこそ、小市民の一般人たちがポジティブに現状を変えていこうと走り回る自然な姿が自然であるほどに、見ていて元気になってくる素晴らしさ。
 自己実現のためと家族のため、旧来的なものと新規的なもの、それぞれを飲み込んで一人一人のポジティブな努力と姿勢が少しずつでも現実を変えていく姿は、絵空事では終わらない人の美しさを見せてくれまする。

挿入歌 Ban Ja Rani (我が女王よ)


受賞歴
2017 Star Screen Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)・助演女優賞(ネーハー・デュピアー / 【Secret Superstar】のメヘル・ヴィジとともに)・監督デビュー賞
2018 Filmfare Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)
2018 Films of India Online Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)
2018 Bollywood Film Journalists Awards 主演女優賞(ヴィディヤー)・助演男優賞(マーナヴ・カウル)・オリジナル原案賞(スレーシュ・トリヴェニ)
2018 IIFA(International Indian Film Academy) Awards 作品賞

2018 Mirchi Music Awards 作詞・オブ・ジ・イヤー賞(サンタヌ・ガータク / Rafu)


「あなたのスールー」を一言で斬る!
・さすがにインドだって、深夜ラジオ=セクシー系ばかりじゃないよねえ?

2018.11.2.

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*1 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。
*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。
*3 日本では「大都会」のタイトルでも公開。
*4 夫アショクは、新社長の指導のもと残業させられて怒ってたけど。