タハーン〜ロバと少年〜 (Tahaan) 2008年 105分 銃声響くカシミールの雪深い山間部。 出兵して行方不明になった父から譲り受けた、ロバのビールバルを世話する8歳の少年タハーン(=慈愛の意)。彼の家は、小言ばかりの姉ゾヤ、父の出兵以後言葉を失った母、一家を切り盛りする頼もしき祖父の4人暮らし。貧しいながらもなんとかその日暮らしを続けていたある朝、優しい祖父は父の借金を抱えたまま帰らぬ人となり、一家は家財道具一式を手放さなければならなくなる…。 売りに出されたビールバルを買い取ったのは、行商人のスバン・ダール。 タハーンは、父の形見も同然なビールバルを取り戻そうとダールに付きまとい役に立とうと奮戦。最初は冷淡だったダールとその仲間ザファルもしだいにタハーンと仲良くなって行くが、その場かぎりの約束を無視するダールは、ビールバルを唯一の甥ヤシンにやろうと言い出してタハーンを絶望させてしまう。 やりきれないまま帰路につこうとするタハーンは、その途中でイドリスと名乗る男と出会い「"導師"の言うことを聞けば、"導師"がビールバルをお前の元に帰してくれる」と言われ、紛争の被害者たちが集まる分離派ゲリラの村へと案内されていく…。 高名な撮影監督であり映画監督でもあるサントーシュ・シヴァンが手がける、社会派映画の1本。 美しいカシミール地方(*1)を舞台に、その紛争の中を暮らす様々な人々、戦争に利用される子供の姿を描く。日本で想像されるいわゆるマサラ・ムービーではなく、歌も踊りもない社会派芸術映画で、カシミールの高山地域の美しさと、そこに横たわる戦争の痛ましさ、それでもなお日々の生活を紡いで行くカシミールの生活が描き出される硬質な作品。 日本では、2009年にNHKアジア・フィルム・フェスティバルにて上映され、翌2010年にNHK-BSにて放送された。 冒頭「本作の登場人物はフィクションだが、その背景は実在する」と出てくる通り、泥沼のカシミール紛争の中で、知らず知らずに戦争に利用される子供の姿がテーマの1つになっているものの、より突っ込んでカシミールの、戦争と隣り合わせで暮らす人々の生活模様が丹念に織り込まれている。 雪解けのカシミールの山々の美しさと対比されるような人々の生活の様子は、痛ましくもあり、美しくもあり……その多種多様さは頼もしくも見えてくる。 戦争遊びに騒ぐ子供たち、軍事境界線を越えて手広い商売で親族や仲間を養う商人、毎日戦死者の遺体を確認に来る女性たち、カシミール観光に来る都会人とそこに雇われて働くカシミール人、子供には笑顔で応対する軍人、家族を皆殺しにされた分離派ゲリラの怒り、決して姿を見せないまま廃墟で孤独に暮らす"司祭(*2)"……そんな中でも、子供は集まって雑談し、恋人に送るラブレターを運ぶ行商人が行き交い、食べ物を分け与え、民族音楽に皆で興じていく。戦争そのものを描かずに戦争と共に生きる人々の情景を、名カメラマンでもあるサントーシュ・シヴァンの詩情あふれる映像が組み上げていく。 主役を務めるプーラヴ・バンダーレーは、本作が映画初出演となるムンバイ出身の子役。この映画のためにカシミール方言を徹底的に仕込まれたというけども、こまっしゃくれたタハーンを嫌みなく健気に演じ、映画のイメージの中核をしっかり担っておりました。ロバのビールバルともども、この映画の雰囲気を決定しているのは彼ですわ。うむ。 タハーンの母には名優サリカ(*3)がノンクレジットで出演。スバン・ダールには、名優アヌパム・ケール(*4)。コミックリリーフ的なザファル役には、役者・脚本家・監督などマルチに活躍するラフール・デーヴ。タハーン一家の借金を管理していた金貸しシヴァンには、ラフール・カンナ(*5)が特別出演している。 血なまぐさい戦場でもあるカシミールの豊かな自然、行き交う人々の生活力と紛争地故の協調性、周囲の大人たちの背負うさまざまな人生や人間関係などなど、生活感漂う人々と雄大で厳しい自然の対比具合・調和具合が美しい1本。
受賞歴
2012.11.3. |
*1 インド最北の山間部州。インド、パキスタン、中国間での泥沼の国境紛争・宗教紛争・地域紛争が続く場所。 *2 カシミールの高位カースト カシミール・パンディットのこと。 *3 トップスター カマル・ハーサンの元妻(88年に結婚、04年に離婚)。彼女も子役から役者ひとすじの人。 *4 彼自身、カシミール・パンディットの家系なんだそうな。出身はシムラーだけども。 *5 トップスター アクシェイ・カンナの兄。 |