高山地域のひんやりとした空気感、霧雨の中から浮かび上がる影、曲がりくねる山道、直立する樹々の青さ、ダージリン名物トイトレン、牧歌的な山間に住む人々の様子…。のちに本作出演のアパルナ・セーンが監督する「ミスター&ミセス・アイヤル(Mr. and Mrs. Iyer)」や、ダージリンを舞台にしたボリウッドの名作「バルフィ!(Barfi!)」でも見ることができるダージリンならではの風景を先取りして描写しつつ、屋敷内・車内・山道・食堂…と限定された舞台で静かに展開する物語は、決して動的でなく劇的な展開もほぼないものの、限定された登場人物たち同士のぎこちない交流具合が、すれ違う会話ごとに味わい深い余韻を醸し出す。
監督&脚本を務めるリトゥパルノ・ゴーシュは、1963年西ベンガル州カルカッタ(現コルカタ)のカーヤスタ家系(*4)生まれ。父親はドキュメンタリー監督兼画家のスニール・ゴーシュ。
コルカタの大学で経済学の学位を取得後、広告会社に就職してコピーライターとして活躍。ドキュメンタリー制作を請け負ったことで映画界に入り、92年のベンガル語映画「Hirer Angti」で劇映画監督デビューする。続く94年公開の2作目の監督作「Unishe April(4月19日)」でナショナル・フィルム・アワード金蓮注目作品賞を獲得し、以降監督作は軒並みナショナル・フィルム・アワード受賞作となるほどの注目監督として活躍。サタジット・レイと並び称されるほどの名匠としてベンガル語映画界で勇名を馳せていく。
監督業の他、03年のオリヤー語(*5)映画「Katha Deithilli Ma Ku」で役者デビューしたり、自身の監督作で作詞やデザインを手がけた他、雑誌編集などでも活躍。
長年、糖尿病や膵炎、不眠症を患う中、2013年に心臓発作で物故される。享年49歳。その訃報は、ベンガル圏のみならず、ヒンディー圏にも衝撃を与えていた。