インド映画夜話

ウスタード・ホテル (Ustad Hotel) 2012年 151分
主演 ドゥルカン・サルマーン & ティラカン & ニティヤー・メーノーン
監督 アンワル・ラシード
"もしも楽園というものがあるのなら…ここがそうだろう"




 男子誕生を待ち望んでいたケーララ人ビジネスマン アブドゥル・ラザクは、5人目の子供でようやく望み通りの男の子ファイズィ(本名ファイザル・アブドゥル・ラザク)を授かったものの、連続の出産で妻ファリーダを失ってしまった。
 4人の姉に囲まれて育ったファイズィは、母亡き後も愛情豊かに育てられたものの、次第に姉と一緒に料理することに楽しみを見出し、エリートビジネスマンにさせようとする父の願いに反してシェフを志望するように…。

 スイス留学を終えたファイズィは、急遽父の友人の娘シャハーナーとの縁談に駆り出されるが「僕は、これからロンドンの5つ星ホテルでシェフになる」と言った瞬間に縁談は破棄され、父親から「お前のような奴は家から出て行け!」とパスポートその他も取り上げられてしまう。
 仕方なくファイズィは、父親が毛嫌いする祖父カリムの経営する観光地の大衆食堂「ウスタード・ホテル」に居候しながら、姉たちに頼んでパスポートを取り戻そうとするのだが…。


挿入歌 Subhanallah


 タイトルは、劇中の主な舞台となる食堂の名前。
 「ウスタード」はペルシア語由来の単語で「師匠」の意、「ホテル」はここではインド英語で「食堂」の意味になる(*1)。
 マラヤーラム語(*2)映画界で活躍する、アンワル・ラシード5本目(短編含む)の監督作。脚本は、やはり映画監督兼プロデューサーとして活躍するアンジャリ・メーノーンが担当している。
 日本では、2019年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)にて上映。2024年のIMWでも上映されている。

 17年には、カンナダ語(*3)リメイク作「Gowdru Hotel」が、翌18年にはテルグ語(*4)吹替版「Janatha Hotel」が公開されている。

 インドの食文化をテーマにした映画が出てくると、(少なくとも日本では)注目されるんと違うか…と思っていたらついに出て来ましたよ「食」をテーマにしたインド映画が!(*5)
 本作は、ケーララ州でもイスラーム教徒人口の多いマラバール地区を舞台にして、保守的で職人仕事を軽視する父親の元に生まれた主人公が料理人になろうと奔走する映画であると同時に、ヨーロッパに希望を見出していた主人公がマラバールの食文化を見つめ直す物語であり、料理を通して社会との結びつきを考える祖父と孫の技術と思想の継承の物語でもある。

 とにもかくにも、映画に出てくるマラバール・ビリヤニの美味しそうなこと美味しそうなこと…。
 この映画見てる時に、目の前にビリヤニでも出されたら「食と映画の、黄金比やー!」とか盛り上がってしまう自分が見えてしまいますことよ。同じドゥルカン・サルマーン主演の日本公開マラヤーラム語映画「チャーリー(Charlie)」と共に、チャイやビリヤニ提供の上での映画鑑賞"マサラチャイ上映"とか誰かやりませんかー!!! 絶対美味し楽しいヨー!! ダレカヤッテヨー!!

 監督を務めるアンワル・ラシードは、1976年ケーララ州コッラム県カルルバトゥッカル村生まれ。
 96年のマラヤーラム語映画「Kaliveedu」あたりから助監督として映画界に参加し、05年の「Rajamanikyam」で監督デビュー。ヒット作を連発する中、09年のオムニバス映画「Kerala Cafe(ケーララ・カフェ)」に参加してアンジャリ・メーノーン監督と出会い、そこからアンジャリ監督の脚本による本作の企画へとつながったそう。
 14年には、そのアンジャリ監督作「Bangalore Days(バンガロール・デイズ)」でプロデューサーデビューもしている。

 劇中のもう1人の主人公ともいうべき、主人公の祖父カリムを演じるのは、1935年トラヴァンコール藩王国アイロール(*6)生まれのティラカン(生誕名パラプラート・スレンドラナータ。別名スレンドラナータ・ティラカン)。
 大学卒業後から役者として数々の劇団で活躍。舞台、ラジオドラマ出演などを経て、73年(または72年とも)の「Periyar」で映画デビュー。81年の「Kolangal」で主演デビューする。翌82年の「Yavanika」でケーララ州映画賞助演男優賞を獲得したのを皮切りに、数多くの映画賞を受賞。09年には、国からパドマ・シュリー(*7)を贈られている。
 12年、「Scene Onnu Nammude Veedu」撮影中に救急搬送され、心臓発作と肺炎を併発し入院中に物故される。享年77歳。

 料理人を主人公にするインド映画というと、主婦が菓子ビジネスをしているマダム・イン・ニューヨーク(English Vinglish)」とか、ヴィジャイがパン職人を演じる「テリ(Theri)」、同じくヴィジャイ演じる料理人主人公と言いつつ料理シーンがほとんどない「Youth(ユース)」なんてのがあるけども、本作ほど料理にフューチャーしてくれないものが多く、「Youth」なんかでは本作と同じように「料理人とは結婚できない」とフラれるシーンが入るほど、インドにおける料理人の地位が低いのが「なんでやねん」って感じではある(*8)。本作では、そう言った疑問をテーマに見せつつ、高級ホテルのシェフたちの働く姿、そこに集まる客の態度などを通して、食に見える貧富の差、生活文化上の感覚の違いなども露わにしていく手法もさすが。劇中の西洋とインドの料理文化を合わせたフージョン・フェスタの様子なんかは「マダム・マロリーと魔法のスパイス(The Hundred-Foot Journey)」に出てくるレストランを彷彿とさせる奇抜さでしたけど…。

 食を通してのインド社会の縮図を見せると同時に、男子を望み女子には一切期待しない家父長制のあり方、衣食住に見えるイスラーム教徒たちの生活様式と世代間格差、観光地ビジネスやマスコミ報道のあり方なども巧みに問題提議されながら、全体としては爽やかでユーモアに溢れた家族再生劇になっているが、なんとも美しい。
 ラストにしれっと得意顔になってる主人公の父親の笑顔を見ながら「まあ、それもいいかなあ」と思えて来てしまう、人の善意を信じたくなる映画でしょうか。なんと言っても、美味しい食事は世界を救うとですよ。ホント。

挿入歌 Appangalembadum

*多少ネタバレ気味。注意。


受賞歴
2012 National Film Awards 驚異的人気娯楽作品賞・台詞賞(アンジャリ・メーノーン)・特別功績賞(ティラカン)
2012 Asiavision Awards 家族映画作品賞・個性的演技賞(ティラカン)・有望女性シンガー賞(アンナ・カタリーナ・ヴァライル / Appangalembadum)
2013 Asianet Film Awards 作品賞・台詞賞(アンジャリ・メーノーン)・音楽監督賞(ゴーピー・スンデル)・作詞賞(ラフィーク・アーメド)
2013 Filmfare Awards South 男優デビュー賞(ドゥルカン・サルマーン)
2013 South Indian International Movie Awards 作品賞
2013 Vanitha Film Award 作品賞・台詞賞(アンジャリ・メーノーン)・ベスト・ペア賞(ドゥルカン&ニティヤー)
Mohan Raghavan Awards 監督賞
Kochi Times Film Awards 作品賞・歌手(男声)賞(ハリチャラン / Vaathilil Aa Vaathilil)・歌手(女声)賞(アンナ・カタリーナ・ヴァライル / Appangalembadum)・音楽監督賞(ゴーピー・スンデル)


「ウスタード・ホテル」を一言で斬る!
・ビ…ビリヤニが食べたいです……試合終了になる前に…(切実

2019.10.4.
2024.6.2.追記

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*1 でも宿泊施設もインドで「ホテル」と言うそうな。ややこしい!
*2 南インド ケーララ州の公用語。
*3 南インド カルナータカ州の公用語。
*4 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*5 探せば、これ以前のそう言う映画があるかもですが。
*6 現ケーララ州パタナムティッタ県内。
*7 インドが一般国民に授与する第4等国家栄典。
*8 手仕事系職人の地位が低いのは、なにもインドに限った話でもないけども。