インド映画夜話

ヴィクラムとヴェーダー (Vikram Vedha / 2017年タミル語版) 2017年 147分
主演 ヴィジャイ・セートゥパティ & R・マーダヴァン
監督/脚本 プシュカール=ガヤトリー
"善悪を決めるのは簡単だが、俺たちはどちらも同じ側にいる"
"だったら……これからどうすればいい?"




 昔話に曰く…かつて、天にまで悪が満ちていた時代。
 これを嘆くヴィクラマディティヤ王の元に1人の老人が現れ、王が悪を滅することを諭した。王はこれに従い、自ら悪魔たちの住む森へ向かって悪魔を退治したのだが……
***************

 ヴィクラム警部は、麻薬組織撲滅を目指す捜査チームのリーダー。
 今日もギャングたちのアジトへ乗り込んで皆殺しにし、部下2人に本人了承の上で銃撃を加えて死んだギャングたちの犯行と報告して組織に揺さぶりをかける。ギャングたちに使われていた子供達は、彼を恨み復讐の機会を伺いながらも、彼の指示に従って更生施設へと送られていくが、ヴィクラムは彼の信じる正義を疑わない。

 その日、長年警察が捜索していた組織のボス ヴェーダーの潜伏先が判明し、警察隊が突入の準備をしている目の前に、ヴェーダー自らが自首しに来て逮捕された。
 しかし、以降警察の尋問にヴェーダーはずっと沈黙を守り続ける。ヴェーダーの真意を計りかねるヴィクラムがようやくで尋問官に名乗りを上げると、ヴェーダーは不敵に笑いながら始めて口を開く…「話を聞いてほしいんだ…長い話を…」不意に彼が語り出したのは、若き日のヴェーダが体験した、組織に入ってから彼と彼の弟に起きたある物語…「さあ、教えてくれ警部殿……これまでの話で、誰を罰すれば良かったとお思いになります?」
 その時、外ではヴェーダーの保釈申請を携えた弁護士…ヴィクラムの妻プリヤ…が、ヴェーダーを引き取りにきていた…。


挿入歌 Yaanji


 タイトルは、主要登場人物2人の名前。
 物事の善悪の境界の曖昧さをテーマとするノワール・タミル語(*1)映画の傑作。その物語は、インドの古典説話集「屍鬼二十五話」から着想したものと伝えられる。
 2022年には、同名のヒンディー語(*2)リメイク作も公開(*3)。

 インドと同日公開で、アラブ、クウェート、オーストラリア、カナダ、フランス、英国、シンガポール、米国、ノルウェーでも公開されたよう。
 日本では、2017の東京国際映画祭で「ヴィクラムとヴェーダー」の邦題で上映。2019年からIDE(インド大映画祭)の上映作にラインナップされている他、2020年と2024年には大阪の塚口サンサン劇場にて1週間限定上映。2024年には鹿児島のガーデンズシネマでも3回限定公開、リメイク特集上映されている。

 マハーバーラタやラーマーヤナとも並び称される、失われた叙事詩「ブリハットカター」の簡略版として現代まで伝えられた「屍鬼二十五話」は、各説話を屍鬼が王に語った形式で書かれた説話集。必ずその最後に、その説話に関する問答を屍鬼が王に投げかけ、王がそれに見事に答えていくことでその聖性を獲得していくと言う筋書き。
 それを下敷きにする本作は、マフィア組織撲滅のために奔走するヴィクラムが正義の名の下にヴェーダーを裁こうとしながら、そのヴェーダーの過去の3つの決断を問いかけられてヴィクラムが考える「正しい決断」を答えることで、2人が同じ価値観を持ち同じ決断を下す全く同じ正義を有している事を露わにしていく。その過程で、正義を果たすために行っていたヴィクラムの所業が、ヴェーダーの悪行との一致を示しはじめ、無実の人物を犠牲にしていったことも判明し、組織が子供達に行っていた「消えない傷跡」と同じような事を、ヴィクラムもまた部下たちに施していた皮肉に大きな意味が付加されていく映画的インパクトは爽快。

 監督を務めるプシュカール=ガヤトリー は、プシュカールとガヤトリーの2人で映画監督&脚本&プロデューサーを務める夫婦。
 チェンナイの大学にて共にビジュアルコミュニケーションを専攻して知り合い、卒業後に米国の別々の大学に留学。ガヤトリーは美術修士号を、プシュカールは映画マーケティング修士号を取得後に帰国して、広告映像制作コンビとして働き出す。仕事の中で、短編映画の脚本を用意してプロデューサーへの売り込みを開始して行く。
 この脚本が長編映画企画化して、2007年のタミル語映画「Oram Po(どけ!)」で映画監督&脚本デビュー。3本目の娯楽映画監督作となる本作で、SIIMA(国際南インド映画賞)の作品賞他多数の映画賞を獲得して注目を集める。自社プロダクション"ウォールワッチャー・フィルムズ"を設立して、2022年から「Suzhal: The Vortex」などのネット配信ドラマのクリエイティブプロデューサー&脚本を担当。同年にヒンディー語リメイク作「ヴィクラムとヴェーダー(Vikram Vedha)」も監督して、多数の映画賞を獲得して活動範囲を広げている。

 勧善懲悪のヒーロー映画を多数作っている、と言うイメージで語られることも多いインド映画界ながら、それと同じくらい…あるいはそれ以上に善悪の境界を疑問視し、曖昧なその境界自体に注目する物語、境界を置くこと自体を無効化させる映画も目いっぱいあると言う事を意識させる映画であり、そうした物語を叙事詩の時代から継承しているからこその語り口の洒脱さをも感じさせてくれる。
 ただ善悪を並列化させるだけでなく、善も悪も結果は同じものであると言う諦観のような価値観をも含まれてきて、ヴィクラムとヴェーダーと言う裏表関係のキャラクターの持つ主観と客観もまた徐々に同一化していくような疾走感ある物語展開と演出のキレ味は、シュール演出に逃げる事もなく、現代の裏社会を舞台にした骨太な警察映画とギャング映画設計で描かれていきながら、後半に行くに従って映画自体が叙事詩の昔から培われている哲学的ななにかへと画面そのものを昇華させていっているよう。

 そうは言っても、画面に難しい要素なんかなく、マフィアボスを追い詰めるヴィクラム警部の正義感の戦いはどこまでも警察映画として描かれ、マフィアの中で上り詰めるしかなかったヴェーダーの過去回想はマフィア抗争もの映画の文法そのもの。それでいながら、映画中盤から2つの物語は奇妙なシンクロ要素を見つけ出しながらこんがらがって行って、まったく別の何かへと映画自体を変貌させていく。やがて、ヴェクラムには弁護士の妻プリヤーとの齟齬が、ヴェーダーには弟ヴィグネーシュ(*4)とのすれ違いがシンクロするように現れて行き、ヴェーダーの語る過去の決断がヴィクラムの語る「正義の表れ」と全く同じ理論で決定されていくに至って、それまで観客が見守っていた善悪は緩やかに同化していってその区別に意味を見出せなくなっていく。それを象徴するように、白い衣裳のヴィクラムと黒い衣裳のヴェーダーは、黒い空間や白い空間を通り越して、白と黒が混じり合う灰色の廃工場にて灰色の衣裳でお互いに灰色の銃を向け合うことになる…。この映画を、ミステリーやアクション映画といったジャンル分けしようとしても、ジャンルという境界そのものも無効化させて行く捉えどころのなさも見えてくる。ああ、インド映画とはなんと多重性ある映画界でありましょうか(*5)。
 2度目以降の鑑賞で、ヴェーダーの過去やヴィクラムの信じる正義の揺らぎ方なんかに注目して行くと、それぞれの視点から全く違う物語を読み取ることも可能な作り方になってる感じで、その辺何度も映画を見て「あれはやっぱ〜」とかクダ巻くのに大変適した映画になってる感じもありますわ。個人的には、こう言う善悪論に出てくる悪側キャラクターのとらえどころのなさ、善悪を簡単に踏み越えるトリックスター的な魅力は、やっぱ善側キャラクターを凌駕するキャラとしての魅力の強さに映ってしまう自分がいます事よよよよよよ…(*6)



挿入歌 Karuppu Vellai




受賞歴
2018 Filmfare Awards South タミル語映画主演男優賞(ヴィジャイ・セートゥパティ)・タミル語映画批評家選出男優賞(R・マーダヴァン)・タミル語映画監督賞・タミル語映画男性プレイバックシンガー賞(アニルド・ラヴィチャンデル /Yaanji)
2018 SIIMA (South Indian International Movie Awards ) タミル語映画批評家選出男優賞(R・マーダヴァン)・タミル語映画作品賞
2018 Vijay Awards 主演男優賞(ヴィジャイ・セートゥパティ)・監督賞
2018 Norway Tamil Film Festival 主演男優賞(R・マーダヴァン)
2018 Ananda Vikatan Cinema Awards 脚本賞(プシュカール=ガヤトリ)・男性プレイバックシンガー賞(アニルド・ラヴィチャンデル /Yaanji & Karuthavanlaam Galeejam)・悪役演技賞(ヴィジャイ・セートゥパティ)


「ヴィクラムとヴェーダー」を一言で斬る!
・騙し騙されが世の習いなら……人を出し抜いてこそってのが、人口大国を生き抜いてきたインド人の最大の武器なのね…。

2024.10.3.
2024.10.25.追記

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*1 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*2 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つもである。
*3 こちらは、日本でも一般公開されている。
*4 あだ名が「有能」の意味のプッリ。
*5 無理矢理やってしまえば、サスペンスノワール映画? クライムサスペンス? バディ映画と言っても通じるかも?←無駄な抵抗。
*6 それでいいのだろか? セートゥパティが演じてるんだから、それでイイノダ!