インド映画夜話

兄貴の嫁取物語 (Veeram) 2014年 156分(161分とも)
主演 アジットクマール & タマンナー
監督/脚本/台詞/原案 シヴァ
"これは、俺の家族"
"傷つけるつもりなら、俺を乗り越えてみせろ"



*こちらは、テルグ語版予告編。


 今日も今日とて、オッタンチャトラム村(*1)に住むビナーヤガは、弟たち(ムルガ、シャンムガ、クマーラサン、センティル)が起こした大ゲンカの相手を屋敷に呼んで、昼食を振舞っていた。

「腹が減っていては、痛みに耐えられないだろ?」…村の皆から"アニキ"と讃えられるビナーヤガの号令一下、弟たちによって鉄拳制裁される喧嘩相手のジャガン一党は這々の体で逃げ出し、今回もまた暴力事件は解決。駆けつけた警察たちに対しては、ビナーヤガの弟分である弁護士ベイル・ペルマールによる保釈申請によって不問に付されることとなる…。

 そんなビナーヤガに「結婚」は禁句。
 早くに両親を失い、5兄弟の結束をこそ最重視する彼はずっと独身を貫いていて、結婚話を持って来る者にも鉄拳制裁を加えていたが、実は下の弟たち4人には心に決めた人が…。ビナーヤガの手前、公に恋人との付き合いができない弟たち(+自称6番目の弟分ペルマール)は、なんとかアニキの結婚相手を見つけて、禁句を消し去ろうと画策し始める。
 アニキの幼馴染の行政長官スッブから、子供の頃のアニキの初恋話を聞いた弟たちは、その初恋の相手コープ(本名コーぺルンデヴィ=ラクシュミー女神の尊称)がすでに結婚してると聞くや、同じ名前の独身女性を見つけようと奔走。ついに遺跡修復士の同名女性を家の隣に引っ越させることに成功する!

 しかし、その頃ビナーヤガは地元の穀物市場を荒らす極悪非道なバナガムディの運送業専有を妨害して、彼ら一党の怒りを買っていた。
 村を追放されたバナガムディが報復に走る中、コープとビナーヤガの仲を進展させるためにあれこれと世話を焼く弟たちによって、次第にビナーヤガを愛し始めるコープは、ついに非暴力が心情の父親に彼を合わせようと故郷へと誘う。しかし、その電車内に刺客たちが乗り込んでいて…。


挿入歌 Nallavannu Solvaanga (立派な人と言われて [信じるな])


 原題は、タミル語(*2)で「勇者」「武勇」「勇気(ある者)」の意。

 カメラマン出身のシヴァ5本目の監督作(*3)。本作の成功から以後、3本もタッグを組むシヴァ監督&アジット・クマール主演映画の第1作。
 2016年の同名マラヤーラム語(*4)+ヒンディー語(*5)+英語映画、2023年の同名カンナダ語(*6)映画とは別物。

 のちの2017年にはテルグ語(*7)リメイク作「Katamarayudu」、2019年にカンナダ語リメイク作「Odeya(我らが主)」、2023年にはヒンディー語リメイク作「Kisi Ka Bhai Kisi Ki Jaan(兄貴は皆の恋人)」も公開。
 日本では、2022年のIMW(インディアン・ムービー・ウィーク)パート2で上映。2024年にはCSムービー・プラスで放送され、IMWで再上映。同年の鹿児島のガーデンズシネマ「秋のインド映画特集」でも上映。

 出だしからしばらくは、饒舌かつ丁寧な前振りから始まる舞台的な話芸コメディの色が濃厚で、いちいちボケとツッコミがコテコテ。都合良く転がっていくラブコメ物語は、それでも色々にこんがらがって、そのまま最後まで突き進むのかと思いきや、中盤から話は暴力VS非暴力の理念のぶつかり合いが始まり、それでも恋に生活に家族に害を与えにくる悪役に対して、恋人や兄弟のために立ち上がり圧倒的な暴力を見せつけるパワフルなマサーラーヒーロー大活躍のボリューミーな爽快アクション映画へと大転換。そのあらゆるジャンルを取り込む貪欲さと、悪をふんじばる仕置人ヒーローとしてのアニキの巨大な存在感は、まさにマサーラー映画の面白さを詰め込んだ真骨頂ってやつですヨ!

 勝利を司る軍神ムルガン(*8)の異名を冠する弟4兄弟を守る主人公が、ガネーシャ(*9)の異名であるビナーヤガ(無上の意)を名乗ってるのも神話的ネーミングってやつで楽しいけれど、ずっと独身であると伝えられるガネーシャ(異説あり)に対して、女神と人間の娘の2人の妻を持つムルガン(*10)の伝説を反映するかのような、独身を通す長兄と結婚したい弟たちの涙ぐましい(?)神話的兄弟の絆も神話を知っていると色々な感情を刺激して来るポイントにもなりましょか。ディワリ祭にコープが主人公の家の床にガネーシャ像を描いてみせたのは、そんなネーミングネタを承知しているとまた格別なエモーショナルシーンに早変わりしますわ。ま、知らなくてもなんら問題ない物語ではありますけど。

 本作の大ヒット以降、シヴァ監督と組んで「V」で始まるタイトルの映画に主演し続けるアジット・クマールの渋い父性(…と言うか兄性?)が全編ダダ漏れに画面を飾り、村のため弟のために奔走する不器用男のブラック実業家へのガンつけ具合のなんと頼もしカッコええ画面な事か。エントリーシーンで常に風か雨を身にまとい、時ならぬ恋の予感にはジャスミンの花吹雪を身に受ける。劇空間の全てが、主人公ビナーヤガの神性を盛り上げるかのような詩的表現で満たされていくのも、人気の秘訣ってやつでしょか(*11)。
 ヒロイン コープ演じるタマンナーも話を引っ掻き回す役どころを映画全編で発揮。ラストバトル前後ではやや空気だったとは言え、恋の成就に彼女と彼女の家の心情である「非暴力」を持ってきて、村や家族のためには喧嘩も辞さないビナーヤガとの対比、独立自治のための闘争に暴力を必要とするかどうかの問いかけの引き金として、それなりの存在感を見せつけてくれたのも麗しきかな(いらん深読み)。
 そんな暴力否定の恋人を守るために、影ながら(*12)チンピラたちとの戦いに身を投じるビナーヤガの献身のあり方も泣かせて来るけど、その彼の姿勢ゆえに敵の多いビナーヤガを襲うチンピラ集団が実は…な後半のどんでん返しも小気味よくて素敵。当初のラスボス然とした悪役ヴァナンガムディが、危機を迎えるたびにただの小悪党に変わっていってしまうのも可愛いし、ヒロイン コープの故郷を襲う悲劇を越えてきた家族や村の人々の献身具合も、何重もの感情の波を刺激させてきて映画的に美しい。その都度右往左往する弟4兄弟たちも、いかつい悪役顔をコロコロ変えていくそのスピードも愛嬌ダダ漏れで楽しいですわ。やっぱ、人間最後に勝つのは愛嬌よね。うん。

 それにしても、本作のコメディ担当のサンタナム演じる暇な弁護士ペルマール。本作の後に公開された傑作タミル語映画「僕の名はパリエルム・ペリマール(Pariyerum Perumal)」のネーミング元ネタなんてことは……あるわけないか。…ないよね? ないって言ってー!



挿入歌 Jing Chikka Jing Chikka (ジン・チャカ ジン・チャカ)





「兄貴の嫁取物語」を一言で斬る!
・コープの実家で振舞ってた、あのたこ焼きみたいなのはなにー!?(そして、タミル人は1家に1台あのたこ焼き機みたいなのあるのですかー?)

2024.3.29.
2024.6.2.追記
2024.9.20.追記

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*1 タミル・ナードゥ州ティンドゥッカル県内。



*2 南インド タミル・ナードゥ州の公用語。スリランカとシンガポールの公用語の1つでもある。
*3 タミル語映画では2作目。
*4 南インド ケーララ州と連邦直轄領ラクシャディープの公用語。
*5 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*6 南インド カルナータカ州の公用語。
*7 南インド アーンドラ・プラデーシュ州とテランガーナー州の公用語。
*8 別名スカンダ他。様々な別名を持つシヴァ神の息子。特にタミル地方で人気の高い神とか。漢訳名 韋駄天または鳩摩羅天。
*9 現世利益の神。シヴァの息子でムルガンの兄とされる。
*10 こっちも異説あり。その1つでは2人の妻をガネーシャと争ってムルガンが負けたと言う伝説もある。
*11 前半は、わりとやりすぎなきらいはあるけれど。
*12 映画的にはあからさまに。