インド映画夜話

ようこそサッジャンプルへ(Welcome to Sajjanpur) 2008年 134分
主演 シュレーヤス・タルパデー & アムリター・ラーオ
監督/脚本 シャーム・ベネガル
"かつては悪人の町と呼ばれたサッジャンプル。町の名が変わろうと、人の世の厄介事は変わらない…"





*カメラの前に挨拶してくるのは順番に
・主役の代筆屋で、本作のナレーションも担当のデーヴ
・村長の悪評を広める元村長のラームシンと、そのおっかない武装おじさん
・マイペース爆進中のマウスィー
・その娘で、母親からの「結婚しろ」攻撃に怒り心頭のヴィンディヤー
・前代未聞のヒジュラ代表の村長選候補ムンニーバーイ
・デーヴの幼なじみの人妻カムラー
・最後に「ヴェルカム」と言い続けるのはヘビ使い?



 舞台はマディヤ・プラデーシュ州の農村サッジャンプル(=善人の町の意)。
 この村の数少ない識字者マハーデーヴ・クシュワーハ(通称デーヴ)は、小説家を夢見る露天の代筆屋。そのため、町の厄介事はだいだい彼の周りに集まってくる。

 村議会選挙が近づいた日。
 元村長のラームシンは、現村長を中傷する徴税官たちへの手紙をデーヴに発注。妻ジャムナーを擁立して対立候補へも脅しをかけ始める。
 同じ日に、小学校の同級生カムラー・クムハランがやって来て、ムンバイに出稼ぎに行って4年も戻らない夫バンシィに、近況報告のための手紙を注文する。幼き日の思い出とともに、成長した彼女に一目惚れしたデーヴは、代筆と返信の読み上げを請け負う中で、なんとか夫婦の仲を裂こうとするのだが…。

 嵐のようにやって来ては嵐のように去るマウスィーおばさんの悩みは、娘ヴィンディヤーの結婚相手がいないこと。彼女はデーヴに、この問題の親戚への助力願いの手紙を注文するが、娘が不幸な星の元に生まれたと信じるマウスィーは、厄落としのために一家総出で娘を犬と結婚させようと言うのだ!

 薬剤師ラーム・クマールは、退役軍人スーベーダール・シンの義娘の寡婦ショーバー・ラーニーと恋に落ち、デーヴにラブレターを代筆するよう頼んで来た。デーヴの書いた完璧なラブレターを彼女に渡してご機嫌なラームだったが、この手紙を見つけたスーベーダールは烈火の如くラームを追い回して…。

 一方、ヒジュラ(両性具有または女装の集団)の代表ムンニーバーイ・ムカンニも村議会選挙に立候補して、選挙活動宣伝用の詩をデーヴに依頼。しかし彼女は、選挙活動中にラームスィンから脅迫と侮辱を受け始め、ついにはデーヴに徴税官への護衛嘆願書を書いて欲しいと泣きながら訴えてくる!!

 さらにその頃、デーヴがでっち上げたカムラーの怒りの手紙を受け取ったバンシィは、彼女を愛するあまりとんでもない返事をよこして来て、デーヴは自責の念に打ちひしがれることに…!


プロモ映像 Sitaram Sitaram(シータとラーマ[、手紙も絵葉書も電話も来ないよ])



 芸術映画界の巨匠が放つ、ピリリと一癖効いた娯楽コメディ。
 日本では、2009年にアジアフォーカス福岡国際映画祭にて上映された。

 都会的な映像の多いボリウッドでは珍しく、最初っから最後までインドの片田舎、架空の農村サッジャンプルが舞台。「Billu」とかでもインドの農村の風景が出たけど、こちらはもっと雑然としつつ、コミカルな村人たちの悲喜こもごもをユーモラスに描いている群衆劇。

 とにもかくにも、この軽妙でユーモアたっぷりのお話の魅力は、主役デーヴを演じるシュレーヤス・タルパデーの魅力そのものによる所が大きい。
 「運命の糸(Dor)」「恋する輪廻(Om Shanti Om)」などで表情豊かな演技を見せてくれた我らがヤス君は、今回も飄々として人好きのする、落ちこぼれインテリのデーヴを好演。よ! さすがは友達にしたいボリスターNo.1!!(当社比)

 現代インドの識字率がどれくらいなのかは知らないけど(*1)、代筆屋と言う職業は都心部ではだんだん少なくなってる業種だそうな。
 劇中でも、「世の中どんどん変化してるんだゼ」と田舎の農村の変化する様がちょいちょいと描かれている(*2)。

 デーヴヘの手紙の発注は他にも、選挙用広告から単身赴任中の夫への近況報告、ラブレターの代筆、芝居劇の台本、徴税官への(捏造の)密告文、宣伝歌の作詞…と様々。村の中の人間模様がダイレクトに手紙・代筆屋に反映されて行く展開は見事なんだけど、それぞれの事件が並列して描かれて行くぶん、多少映画としては雑然としたオムニバスっぽい印象にもなるかなぁ。

 そんな中で印象的なのは、マイペースに他を押しのけて言いたいことだけ言い放ってはさっさと消えて行くマウスィーと、その娘ヴィンディヤー。
 迷信をかたくなに信じて一族を巻き込んで娘の厄落としをしようとする母と、迷信で自分の人生を振り回されないように母親を監視し続ける娘の、対比具合と似た者家族な早口芝居(大阪弁のノリに似てる…)が、なんとも微笑ましい。
 犬との結婚(*3)ってニュースは、時々インドをにぎわせるニュースで伝わってくるけれど、あれかな…「貧乏神を追い出すおまじない」みたいなノリの「未婚神を追い出すおまじない」みたいなもんかねぇ。

 脇を固めるのは、カムラー役に清純派(死語?)ボリスターの代表格アムリター・ラーオ。マウスィーには歌手でもあるイラー・アルン。その娘ヴィンディヤーには「Veer-Zaara」「デリー6」などで頭角を現しているディヴィヤー・ダッタ。
 薬剤師のラーム・クマールには、ボージプリー語(インド北東部の言語の1つ)映画界のスター ラヴィ・キシャン……だそうだけど、ボージプリー界には疎いので「ふーん」な感じ。

 最後のオチがいきなりだったんで驚いたけれど、よく見直してみればそこかしこにこまかーいギャグとともに伏線(のような、ようでないような…)もちゃんと貼ってあったりするのね…。こまかすぎて、ほとんど気づかないくらいだけど。
 そんな意味では、インドを知ってる人には知ってる人なりの、知らない人には知らない人なりの、色んな楽しみ方が出来る映画…かもしれない。


挿入歌 Aadmi Azaad Hai(人は自由なり[国も自由なり。もはや王も女王もなし。我らに民主主義あり])

*微妙にネタバレです。ご注意をば。


2011.8.7.


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*1 州によって教育環境が違う上に、多言語多表記法の国ですからなぁ…。
*2 ヘビ禁止令で路頭に迷うヘビ使いたち、携帯メールを読んで返信文を作成するよう頼みにくる客…など。
*3 こうした事例は儀式だけで、本当に結婚するわけではないらしい。