燃えあがる女性記者たち (Writing with Fire) 2021年 94分
出演 ミーラ & スニータ & シャームカリ他
監督/製作/編集 リントゥ・トーマス & スシュミト・ゴーシュ(撮影も兼任)
"世界は変わる、変えられる。"
インドでは、カーストによって分けられる階層の、さらに外に追いやられた人々…"ダリト"と呼ばれる被差別階級…への差別、特に女性たちへの暴行が未だ激しい。
2002年。北インドのウッタル・プラデーシュ州にて、そんなダリト女性が新聞を創刊した時、周りの人々は冷ややかだった。しかし、女性たちのみで運営される新聞「カバル・ラハリヤ(=「ニュースの波」の意)」は、その活動を通して革命を生み出して行く…。
2016年。
ダリト女性へのレイプ事件を取材するカバル・ラハリヤ主任記者ミーラは、自宅で複数人から何度となくレイプされたと訴える女性とその夫から事件のあらましをスマホ撮影しながら聞き出していた。
夫婦は共に、警察が助けてくれないこと、逆に暴力を振るわれ拘束される事もあること、カバル・ラハリヤ以外の新聞・ニュースサイトも自分たちを無視することを訴える…「頼りにしてるよ。カバル・ラハリヤだけが唯一の希望なんだ」
ドキュメンタリー制作者のリントゥ・トーマスとスシュミト・ゴーシュ夫婦による、初の長編ドキュメンタリー映画。
紙媒体からネット媒体へと移り変わる報道の世界にあって、インド唯一となる女性のみ、被差別層出身者たちだけで結成される新聞社が巻き起こす「時代の波」を描いていくヒンディー語(*1)ドキュメンタリー映画。
インドのみならず、世界中の映画祭で映画賞を獲得して絶賛され、ノルウェーやアラブ、オランダなどで一般公開もされているよう。
日本では、2021年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で「燃え上がる記者たち(Writing With Fire)」の邦題で初上陸。市民賞を獲得して、2023年に「燃え上がる女性記者たち」に改題されて一般公開されている。
完全地域密着型の報道を旨として、権力や経済の流れに屈することなく、立場の弱い女性たちだけで報道のあり方を変えようとするカバル・ラハリヤの活動を、5年の歳月をかけて撮影され、インタビューによって語られていく映像記録。
それはまさに「報道とはなに?」「社会とはなに?」「この世を変えていくには、なにをすればいい?」と常に問いかけてくるような迫力。問う方も問われる方も、取材しその記録を公表することによる過酷なリスクを背負う覚悟の上で行われる、あまりにも、あまりにも厳しい現実の有り様を映し出すその姿が、遠い外国の無名の人の姿とは思えない。まさにドキュメンタリーかくあるべしと言う映像の強みを120%発揮する1本でありましょうか。
舞台となるウッタル・プラデーシュ州は、国内最大人口州となる約2億人に迫る人口を抱える州。この州だけでインドの総人口の1/6を占め(*2)、日本の総人口の1.5倍強。長い歴史の中で、ありとあらゆる人々が集まってきた場所でもある。
その中にあって、インテリ階層の仕事とされてきた報道に、アウトカーストの女性たちが飛び込んで行き、あらゆる汚職・暴力・差別・不正に苦しむ人々、それを隠蔽しようとする人々にマイクを向け、慣れないスマホを駆使して世間に対抗せんとする力強さはまさに圧巻。その果敢な取材姿と共に、家庭に戻った時の家族に向ける日常の姿、事務所会議におけるスタッフ同士の議論・質疑応答・雑談に花を咲かせるさまざまな姿を通して、彼女たちの活動の多面的な姿形が迫ってくる。
カバル・ラハリヤの活動を見ていて思い出すのが、同じ北インドのウッタル・プラデーシュ州〜マディヤ・プラデーシュ州で決起された被差別層の女性たちの抵抗運動「グラービー・ギャング(="ピンクのギャング"意)」の姿。
こちらは農村部で結成された女性たちだけの自警団を元として、ピンク(*3)のサリーと竹棒を制服に、性暴力事件の犯人を突き止めて制裁を行う社会集団として北インド中に拡大した存在。政治運動にも広がって彼女たちだけで運営される村・制服制作を一手に引き受けることによる経済活動も後押しとなって世間に認知される抵抗集団となった存在。こちらも2010年にイギリスでドキュメンタリーが撮られた他、インドでも12年のドキュメンタリー、14年の劇映画が作られて話題となっている。こちらの活動は、2014年の劇映画でしか知らない身ですが、その劇中でも、本作と共通して「教育こそが、人生を開く鍵」と語られるのが示唆的だな、とも感じてしまう。
本作でカメラが主に追っていくカバル・ラハリヤの記者3人(*4)が、それぞれに家庭の顔、仕事の顔を持ち、各家庭事情を抱えながら世の中の仕組みに対応し、変化を利用し、社会の核心を突く用意を研ぎ澄ます。スマホ1つ使うのも銀行からお金を引き出すにも、英語ができないとなに1つ自分の利益は叶えられない現実。新聞報道の限界からネット配信報道へと切り替えざるを得ないその決断もまた、教育あっての数々の議論によって越えてきた道筋なのかもなあ…とも考えてしまう。それぞれの記者の多面的な顔を映すためにかけられた時間と方法もまた、前代未聞が山積みであったろうことも想像に難くないのがもう、ね…(*5)。
その辺からも、映画大国インドのその映画文化の厚みというものが見せつけられる映画でもある。
なにもインドは娯楽映画だけ作って消費されている映画文化しか持たないのではない。サタジット・レイを出すまでもなく、芸術映画、ドキュメンタリー映画の潮流が確固として存在し、各地域、各階層、各世代で全く異なる生活文化や価値観が渦巻く中にあって、こういう映画が出てくる所に、その「映画」としての文化的厚みが見えてくるよう。
以前から、インドのドキュメンタリー映画上映や公開は日本でも行われていたとは言え、後でネット情報を確認しようとしても中々詳しい情報が出て来ないドキュメンタリー映画は、ただでさえそのドキュメンタリー論に振り回されて感想書きづらい映画群が多かったものの、インドが抱える多重的な社会構造・社会問題・文化と伝統とその変化と言う重しによって、日本なんかでは考えられない多種多様な映画を生み出すに至っている。劇映画だけ見ていても、映画の素材として「社会問題が大きいほど、映画界が活性する」みたいなところがあるなあ、とか勝手に思ってた部分もあるんだけども、どちらかというと、映像という媒体において「地域性の密着度」と言うものが抜きに描けない要素であることが、報道と映画との距離の近さを促しているのかもなあ…と考えを改めてしまいそう。映像に見える衣食住、身振り手振り、語りのイントネーションなどなどの身体性と観客の距離が近いほど、映像は力を発揮し、その画面の力強さが逆に距離の遠い観客にも訴えかける存在感を発揮する。
振り返って、日本社会における「映像」と「報道」は、力を発生させるほどの「地域性の密着度」を持ち得るのか。「地域性」「地方性」がどこまで社会の底支えとして機能しているのかを考えていくと、なあ……。
受賞歴
2021 北アイルランド ベルファスト映画祭 メイスルズ兄弟(注目作品)賞
2021 ノルウェー BIFF(ベルゲン国際映画祭) チェックポイント(人権ドキュメンタリー作品)賞
2021 米 ブラックスター映画祭 注目ドキュメンタリー作品賞・ドキュメンタリー作品観客賞
2021 コソボ ドックフェスト国際ドキュメンタリー&短編映画祭 真実のドキュメンタリー映画賞
2021 ノルウェー 「南からの映画祭」 ドク:サウス(最優秀ドキュメンタリー作品)賞
2021 蘭 IDFA(アムステルダム国際ドキュメンタリー映画祭) NPO IDFA観客賞
2021 ポーランド クラクフ映画祭 シルバー・ホーン(社会問題映画作品)賞
2021 ウクライナ モロディスト・キエフ国際映画祭 ドキュメンタリー作品賞
2021 米 マウンテンフィルム 審査員選出注目ドキュメンタリー作品賞
2021 米 サンフランシスコ国際映画祭 マクベイン・注目ドキュメンタリー作品賞
2021 米 シアトル国際映画祭 ドキュメンタリー部門審査員特別賞
2021 米 サンダンス映画祭 ワールドシネマ・ドキュメンタリー部門観客賞・インパクト・フォー・チェンジ:ワールドシネマ・ドキュメンタリー審査員特別賞
2021 スペイン バリャドリード国際映画祭 タイム・オブ・ヒストリー(最優秀長編ドキュメンタリー)賞・ファンド賞
2021 米 ウィスコンシン映画祭 注目観客人気作品賞
2021 日 山形国際ドキュメンタリー映画祭 市民賞
2021 米 ワシントンDCフィルムフェスト ジャスティス・マター(最優秀ドキュメンタリー)賞
2021 カタール アルジャジーラ国際ドキュメンタリー映画祭 ドキュメンタリー・チャンネル長編作品賞
2021 メキシコ ドックスMX: メキシコシティ国際ドキュメンタリー映画祭 ドックス・ドキュメンタリー映画賞
2021 スイス FIFDH(国際人権映画祭) 人権連盟賞
2021 ノルディックDocs 60分以上部門注目ドキュメンタリー作品賞
2021 ヴィジュニ・デルモンド国際ドキュメンタリー映画祭 注目ドキュメンタリー映画賞
2022 米 シネマ・アイ・オーナーズ アンフォゲッタブル賞
2022 独 シネマ・フォー・ピース 女性のエンパワーメント賞
2022 ソーシャル・インパクト・メディア・アワード 監督賞・撮影賞
2022 蘭 ムービーズ・ザット・マター映画祭 審査員ドキュメンタリー大賞
2022 中 広州国際ドキュメンタリー映画祭 審査員特別賞
2022 独 シュトゥットガルド・インドドキュメンタリー映画祭 ドキュメンタリー作品賞
2022 ミレニアム映画祭 観客賞
2023 米 ピーボディ(ジョージ・フォスター・ピーボディ)賞
「燃えあがる女性記者たち」を一言で斬る!
・"クリーン・インディア"政策が招いた、現場無視の混乱と言えば、「Joker (ジョーカー / 2016年タミル語版)」とかの映画群もあってさ…世間に対する絶望の深さたるや、本作も負けず劣らずだもの。
2023.11.24.
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