インド映画夜話

Chintu Ji 2009年 111分(115分とも)
主演 リシ・カプール & プリヤンシュ・チャテルジー & クルラージ・ランダワー
監督/脚本/作詞 ランジット・カプール
"ああ聖人様に感謝。ここハドバヘディでは、すべての夢は実現する"





 この映画は、事実の1部と夢の1部、1部の真実と1部の虚構で出来ている。
 本作を、我が父…偉大なるラージ・カプールに捧ぐ。
 ーリシ・カプール

 北インド辺境にある村、ハドバヘディ。
 牧歌的で住民も幸福なこの村唯一の不満は、1日に数時間しか電気が来ない事。…あるいは、自家発電の映画館のために最新デジタル機器が導入できないこと。…あるいは熱心な読者がいるにも関わらず新聞が週刊でしか出せないこと。…あるいは電車や軽飛行機が1日に数便しか到着しない事。…あるいは……。
 そんな平凡でこれといった特色のないハドバヘディを活性化させるため、村会議はこの村で生まれたと言う大スター リシ・カプールを村おこしに招聘することを決定。大歓迎で映画スターを迎えた村は大騒ぎながら、あまりにど田舎な村の状況にリシ・カプール当人は困惑気味。

 政界進出を狙うためにも村人に精一杯「良い人アピール」をするリシだったが、蜂に攻撃されるは、エアコンは動かないわ、肉や酒が手に入らないわで、かつて自分を取り上げたと言う乳母を始め村人から「チントゥ(=愛らしい太陽 / 乳母がリシが生まれた時につけた愛称)」と呼ばれ続けてイライラが溜まっていく。ついには、玄関先で滑って腰を痛めてベッドから動けなくなってしまって…!!


挿入歌 Akira Kurosawa (アキラ・クロサワ)

*俗物スター リシ・カプール主演の劇中劇映画に使われるアイテム・ソング(*1)の撮影シーン。メインで踊ってるダンサーのメンカー役を演じてるのは、印系イギリス人女優兼歌手のソフィヤー・チャウドリー(*2)。
 意味不明の言葉を話す先住民の王を演じるリシ・カプールに、同じく意味不明な言語の歌を歌うダンサーたちのダンスをアピールするこのシーンにて、その歌詞に世界的に有名な映画監督の名前の羅列が使われている。さて、映画大好きな皆様は、歌詞から何人の映画人名を聞き取れるでしょーか!?(*3)
 ためしに、歌詞を日本語訳してみました。



 タイトルは「チントゥ様」の意で、舞台となる村で生まれた主人公に乳母がつけた愛称。
 映画一族出身の名優リシ・カプール(1952生〜2020没)が、本人役で主演していて、彼のキャリアをパロディ的に茶化したコメディ・ヒンディー語(*4)映画。リシ・カプールの57歳の誕生日に一般公開された。
 脚本家ランジット・カプールの、映画監督デビュー作でもある。

 理想的ながらいろいろに不便な田舎の農村を舞台に、純朴で素直な村人たちの熱狂出迎えられる俗物根性前回の映画スターリシ・カプールをリシ・カプール本人が演じるメタメタにメタフィクションな1本。
 映画後半に、かつてのリシ映画デビュー作&その父親ラージ・カプール主演&監督作となる歴史的傑作「Mera Naam Joker(我が名は道化師)」が大きな影響力を持って物語に関わって来る、リシ・カプールの実際のキャリアを知っていることを前提とした映画ネタが重要モチーフとなる映画愛映画。まさに、インドの庶民にとっての映画スターへの熱狂具合、神にも匹敵する信望具合が表現されている映画でもある。

 そんな有名な映画人に希望と熱狂を捧げる村人たちの素朴さと対比させる形で、劇中のリシ・カプールの俗物具合、天狗具合、素朴な暮らしを嫌悪し金と酒に溺れて、自分を支える映画ファンを無下にし、たいして相手にもしない嫌味な都会人のホンマモンの嫌らしさをノリノリで演じるリシの楽しそうな事。
 村に到着した時に、35フィート(約10.67m)もの自分の立て看板が用意されている事に驚きながら、「アミターブやラジニカーントの看板はどれくらいの高さだった? これはそれより大きいか? …イイね」とか喜んでる調子の良さがステキ(*5)。
 田舎者を小馬鹿にする俗物スターが、農村の暮らし1つ1つに怒りをあらわにして人々の暮らしにケチをつけて一切馴染もうとしない中で、村人は村人で映画スターへの献身的な奉仕を率先して行いながらも、人が集まって来る事でさまざまな不和の種が巻かれはじめ、いつしかその善良さを試されるような試練を課されていく事になる。そのドタバタなすれ違いをしつこく起こしていく前半から、映画撮影を通して人々の中に根付いている映画愛そのものが村人も、映画スターをも癒していく映画万歳映画を、事も無げにしれっと作られる映画と日常の距離の近さも興味深いポイントか。

 徹底的にリシ・カプールをいじり倒す本作の監督&脚本を担当したのは、1970年(?)生まれのランジット・カプール。
 パールシー劇団(*6)主のパンジャーブ人の父親と、ベンガル・ブラーミン出身の詩人兼ウルドゥー語教師兼古典歌謡指導者の母親の間に生まれて、弟妹に男優兼プロデューサーのアヌー・カプール(生誕名アニル・カプール)、プロデューサー兼女優のシーマ・カプール、作家兼作詞家のニキル・カプールがいる。3回結婚していて5人(?)の子供がおり、うち1人が女優グルシャー・カプール(*7)となる。
 1981年のシャーム・ベネガル監督作「Kalyug」に端役出演(?)。83年の「Jaane Bhi Do Yaaro(友よ、さあ行こう)」で台本制作を担当して、以降は脚本家としてヒンディー語映画界で活躍。本作冒頭にて、村唯一の映画館で上映されていた映画「女盗賊プーラン(Bandit Queen)」にも台本制作で参加している。
 本作で監督デビューを果たした後、15年にはプロデューサーのビクラムジート・シン・ブッラーとの共同監督による「Jai Ho Democracy(ドキュメンタリー万歳)」を公開。18年には脚本&出演もこなしているネット配信映画「Janpath Kiss」の舞台監督も担当しているよう。

 本作のロマンス要員であるリシの伝記作家兼付き人のディヴィカ・マルホートラを演じたのは、1983年ウッタル・プラデーシュ州デヘラードゥーン(*8)生まれのクルラージ(・カウル)・ランダワー。
 04年放送開始のヒンディー語TVドラマ「Kareena Kareena」に主演して知名度を上げ、06年のパンジャーブ語(*9)映画「Mannat(願い)」に主演して映画デビュー。07年の主演作「Jaane Bhi Do Yaaro」でヒンディー語映画デビューして、以降この2言語映画界で活躍中。本作でスターダスト・ブレイクスルー演技女優賞ノミネートされた他、数回スターダスト・アワードやPTCパンジャーブ・フィルムアワードに女優賞ノミネートされている。

 ディヴィカのお相手役となる、過去に傷を持つ週刊新聞編集長アルン・バクシ役を務めたのは、1973年ニューデリー生まれのモデル兼男優プリヤンシュ・チャテルジー。
 モデル業からミュージックビデオ出演を経て、01年のヒンディー語映画「Tum Bin」で映画&主演デビューし各映画賞の新人男優賞ノミネートされる。以降、ヒンディー語映画界で活躍する一方、07年には「Bidhatar Lekha」でベンガル語(*10)映画に、12年の「Sirphire」でパンジャーブ語映画にもデビュー。19年からは、Webドラマシリーズ「Coldd Lassi Aur Chicken Masala(コールドラッシー&チキンマサラ)」にも出演している。

 出番は一瞬ながら、「Mera Naam Joker」を知ってるとものすごい印象的なシーンに出演していたのが、映画後半にリシに映画人としての誇りを思い出させる役回りで登場するロシア人女優クセニヤ(・ルヴォヴナ)・リャビンキナ。
 1945年ソ連のモスクワ生まれで、父親は地球物理学者。母親はバレリーナで、姉もバレリーナとして活躍しているそう。
 彼女自身も、モスクワのボリショイ劇場でプロのバレリーナとして活躍して、1967年のソ連映画「サルタン王物語(Skazka o tsare Saltane)」で映画デビュー。70年の「Mera Naam Joker」でヒンディー語映画デビューしてラージ・カプールと共演していて、そのシーンが本作でも回想シーンとして登場する。
 その後数本の映画に出演してはいたものの、92年のロシア・ウクライナ合作映画「Igra vseryoz」を最後に映画から遠ざかり、バレリーナや俳優の指導教官をしていたそうな。09年になって本作の本人役での出演で映画にカムバックになり、39年もの時間を隔てたロシア人女優とインド映画との再会はヒンディー語映画史に残る名シーンとなった…のかどうなのか? ノスタルジーによる感情の揺さぶり演出はやっぱウマいなあ…とか思ってしまいましたけど(*11)。

 お話自体は人情コメディ劇で最後まで貫かれた映画で、途中からリシ・カプールに合流する映画監督マルカーニ(*12)の、できるだけ金をかけず、主演俳優のご機嫌を取りつつ、俗物観客に向けて俗っぽいサービスを心がけるB級映画撮影の裏側を皮肉たっっっっぷりに見せていく自虐的コメディも、冗長の感は拭えないけど、映画人自身の「映画ってクソだね。でもそれがめっちゃ楽しいよね!」って愛おしさを表現しているようで、メタ的な笑いもこみあげてくる。
 そんな中で、降って湧いた映画スターの映画撮影に「オレもオレも!」と時間をさいて参加してくる村人たちの映画への無償の愛情、その愛情を適当に利用しようとしていたリシ・カプールのわがまま親父具合を皆んなで盛り上げていく映画構成そのものが「おちょくれるもんは、どこまでもおちょくって行くよ!」って愛らしい覚悟にも見えてきて憎めまへん。ああ、映画ってこんなにも懐の広いものなのね〜(ホンマかいな)。

 兎にも角にも、映画好きが自分の映画好き度を自慢したいがために作ったような挿入歌"Akira Kurosawa (アキラ・クロサワ)"を生み出したっていうだけでも、映画好きは要チェックの映画ですゼ。これを見て、映画好きはいかに自分がめんどくさい人間か自覚すべきなんよ!(グハ!)


プロモ映像 Vote For Chintuji (チントゥ様に投票を)





 


「CJ」を一言で斬る!
・村唯一の医者が、趣味で30年も映画脚本(&作詞作曲)を作っているインドの田舎。スンバラシイ…!!

2025.3.28.

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*1 客寄せ用アッパー系ダンスミュージック。
*2 劇中の活躍は、リシ・カプール共々金にうるさい映画スター役!
*3 王様の重々しいセリフで「サッティヤジート・レイ(=サタジット・レイ)!」と叫ばせてるのがご愛嬌w



*4 インドの連邦公用語。主に北インド圏の言語。フィジーの公用語の1つでもある。
*5 インドの大看板文化の壮大さもスゴイ…その看板の存在が、そのまま映画への熱狂の形として機能する本作の物語構造も美しや。
*6 北〜西インドで巡業されていたペルシャ系演劇集団。1850〜1930年代に隆盛を極めたものの、舞台演劇の衰退とともにその多くは旅行会社や映画プロデューサー業へ移って行ったという。
*7 本作でも、村おこし主催者カンタ役で出演。
*8 現ウッタラーカンド州の冬の州都。
*9 北西インド パンジャーブ州の公用語。パキスタンの共通語でもある。
*10 北インドの西ベンガル州とトリプラ州、アソム州の公用語で、連邦直轄領アンダマン・ニコバル諸島の主要言語の1つ。バングラデシュの国語でもある。
*11 「Mera Naam Joker」未見だけどネ!
*12 演じるのは、ヒンディー語映画界の名優サウラブ・シュクラー!